拘束された女性は美しい

 




拘束された女性は美しい

縛られたり、拘束具で自由を奪われてしまった女性は美しさを感じます。なぜ、美しいと感じるのだろうかということを追求してみたいと思う。美しいというか、愛おしさを感じてしまう。

裸の女性より、性行為をしている姿よりも、ボンデージファッションに身を包んで拘束されている女性の方が美しい。着衣のまま縛られている女性も美しい。モロ見えなのよりは、着衣で緊縛とか、拘束具で自由を奪われている女性を見るほうが興奮をする。

拘束されたり、縛られたりして、身動きが出来ない状態となってしまった女性は少し困惑と不安が入り混じった表情をすることがあるのだけど、その表情がなんともエロティックだと思います。別に肌を大きく露出していなくても美しいと感じるし、そこにエロティシズムを感じます。

 

囚われたときの表情はとても美しい

縄で縛ろうが、拘束具だろうが、自由を奪われてしまった女性の不安、困惑、落胆、脅え・・・自分の身体は自分の意思では動かすことが出来ないという囚われたときの表情はとても美しいしエロティックだと思う。

緊縛、拘束は自由を奪うこと、それは束縛をするという意味にも通じる行為であり、相手の女性の自由を奪うことで支配欲が満たされる感じがするんだよね。まさしく支配 submission なんだと思う。

だけど、拘束は自由を奪うだけではなく、女性のボディラインを美しくするための器具を装着することも拘束だと呼ぶことがあるんだよね。それは、ブラジャー、ガードル、コルセットなど。

BDSMをするうえで欠かせないアイテム

BDSMなことをするうえでは、欠かせないアイテムだと勝手に思っているのがコルセットなんだよね。コルセットを着用しなければ何も始まらないというBDSM嗜好な人も居るんじゃないだろうか。コルセットは必須アイテムだと思っているし、コルセットの有無によっては拘束する女性の美しさが変わってくるし、コルセットで締め付けられた女性の方が美しいと思う。




コルセット

コルセットというのは、誰もが知っている通りで胸の下から腰にかけての・・・つまり胴の部分である身体の線を整えるものであり、コルセットを装着することで、胸のお尻が強調されるようになる。胴の部分を締め付けて、身体の線を補正するという役割があるんだけど、締め付けることで内臓なども圧迫されてしまう。実は、内臓なども適切な位置に戻るという説もあるみたい。つまり、コルセットは美しいボディラインへと補正すると共に、身体の内部をも美しく整えるということが出来るみたいなんだよね。

美しさを生み出そうとして、女性の身体に巻き付く様に、締め上げているから、コルセットを着用している女性は美しく見えるのだろうか。

縛り、緊縛、拘束の場合はどうなろうか?

縛ったり、拘束具で自由を奪うのは何故、美しいのだろうか? 縄で縛ると、腕を後ろ手にした縛り方であれば、自然と胸とお尻が強調される。女性としての性的な特徴でもある乳房や身体の曲線美が明らかになるから、美しいと感じるのかもしれない。

女性のボディラインを美しく魅せる

拘束をすることで、女性としての美しさが引きだされるようにも感じる。女性としての美しさというのは、やはり身体の曲線のことかもしれない。BDSMでは、ボンデージスーツ、キャットスーツなどを着用することが多いし、それらは殆どが身体に張り付くように細身に出来ている。着用するだけで、締め付けられている感じがすると思う。また、コルセットと併用をすることで、さらに女性のボディラインを美しく魅せることが出来る。

ただ、見た目だけの美しさだけでは無いと感じる時もあるんだよね。

 

拘束具で自由を奪うということ

縛って身動き出来なくする、拘束具で自由を奪うということは、相手の女性の自由を奪うことであり、その美しい女性拘束して自由を奪うことで自分の女であると誇示しているようにも感じる。

それは、捕まえるとか、捕縛するとか、Caputure(キャプチャー)、Bound(バウンド)なことなんだと思う。自由を奪って、これから何をするのも自由。自分だけが自由に出来るという、優越感と美しい女性を手中にしたという達成感と支配があるのかもしれない。とんでもなく特殊な満足感が得られるんだけど、その満足感こそが性的な興奮を呼び覚ますんだろうね。

目の前の美しい女性の、ほんの数分先の未来すら、自分が左右をすることができるという、非現実的な特権を得られたという気持ちに浸っているのかもしれない。

それは、たんなる自己満足なのか、現実逃避なのか、支配欲なのか、所有欲なのか・・・まだはっきりと判らないんだよね。

これからの課題として明確な答えが出ていないほうが楽しいのかもしれない。

 

BDSM の BD は 苦しむ姿を見て楽しむ

女性を拘束具で身動きできなくして、喋ることができないようにボールギャグを噛ませてみると・・・あたりまえだけど相手の女性は悶える。苦しさを表現するために顔を歪めることもある。その悶える姿は、とても美しい。

苦しそうに顔を小さく左右に振ってみたり、脚も腕も拘束されてしまっているので、その姿はまるで芋虫のようだ。冷たい床に転がされて、身体を揺さぶって拘束感から逃れようとしている。そして、綺麗なボディラインにしておくと、もっと綺麗。というよりも、美しい。いや・・・芸術的な美しさを感じる。

女性の美しさを引き出す

もともと、女性というのは身体の曲線が美しい。それは、生まれ持ったものであり、男性には無い柔らかさや優しさを感じさせる。西洋の絵画で登場するのも裸の女性が多い。絵画に登場する女性はヴィーナスとか名付けられていたりもする。ヴィーナスはローマ神話では愛と美の女神とされている。女神と感じさせるほど美しい女性が居たから、絵画にしたんだろうと思う。

女性が本来持っている美しさを引き出すには、BDSM の BDが適していると思っている。というより、たまたまそういった性癖があるからなんだけどね。

コルセットで締め上げられて、ボールギャグを噛まされた女性の苦しそうな表情はなんとも言えないほど美しい。拘束具で身動きできなくなったことに困惑するような苦悶の表情も美しい。相手の女性が苦悶をする表情を眺めることが自分の独占欲を満たしてくれるような気がするし、目の前の美しい女性を自分が思い通りにすることが出来るという支配欲も満たされる。

苦しい表情を見たい

女性が苦しそうにする表情が良いんだ。苦しそうに顔を歪めているところに美しさを感じる。苦しいと思えば顔が歪むだろうし、しかめっ面になることもある。だけど、その苦しさを顔に出すというのは、本当に苦しいからに決まっている。苦しくないのに、苦しそうな表情をすることは出来なくはないと思うけど・・・そういった事ができる女性も居るかもしれないけど、そんな演技はとても難しいと思うが。つまり、苦しみを感じれば、表情に出すという偽りの無い本当の感情だから美しいと感じるのかもしれない。作り笑いとか、愛想笑いよりも美しさを感じるからね。苦しいということは生きていることであり、拘束から逃れようとするのは生への希望を見出そうとしているからだろう。つまり、必死に生への希望を見つけようとしている姿が美しいということになる。その表現をするために、たまたま女性を拘束するという方法をとっただけなのかもしない。

美しく拘束された女性が悶え苦しむ姿が美しい。

何故、苦しませようとするのかというと、苦しんでいる姿が美しいから。本当に愛しているからこそ、苦しめてやろうとか苛めてやろうという気持ちが芽生えてくるんだと思う。そして、大切な女性だからこそ、苦しみを与えてやろうという気持ちになるんだ。

彼女のことを好きだし、愛している。とても美人だし、スタイルも良いし、聡明だから。褒めすぎかもしれないね。そして、他の男が寄り付いてくることもあるが、そういった悪い虫は排他する。美しい彼女の大切さは最も理解している。そんな独占欲があるからこそ、その独占欲が満たされるようなことをしたくなってしまうし、彼女に求めるものも大きくなるし、多くなる。

彼女に何を求めるかというと、BDSM の BDなことを求める。

独占欲、所有欲、支配欲

拘束をしたり、ボンデージスーツを着用させたり、コルセットで締め上げたりなんかしてしまう。この行為そのものが愛情表現であり、自分の独占欲を満たすための行為でもあると思うし、独占し続けたいという心理が働いているのだと思う。

独占している愛する女性がどのような反応をするのかを見たいという衝動に駆られることもあるし、それを試してみたいという気持ちにもなる。そして、ちょっと酷いことをしてみようという悪い気持ちも芽生えてくる。でも、それは愛情があるからであり、愛情表現のひとつだと考えている。その、愛情表現のひとつとして、BDSMのBDをしているんだと思う。彼女を縛り上げたり、拘束したり、締め上げたりすることで、彼女が苦しませる。独占欲というよりは、所有欲に近いのかもしれない。

もっと、苦しいことをしたらどうなるのだろうかと考えることもある。そんな考えから、次はもっと別の器具を使ってみようかとか、別の拘束具を使ってみようかという、新たな想像が沸いてくる。

もっと追求をしてくと・・・もちろん相手の女性は人間だから、心、思考、人格形成された大人の女性として存在をしている。自分の独占欲、所有欲を満たすには、自分が好みとしている女性にしたいという気持ちが芽生えてくる。そのために、調教をするんだと思う。調教をすることで、心を支配して思考を変え人格をも変える。

人格すら無視される

相手の女性が自分の所有欲を満たしてくれる、所有物になればモノには心が無いということで、人格すら無視されていく。そして、性欲処理奴隷とか肉便器とか、性欲を処理するだけの、たんなる肉となってしまうだろうね。

長い話になってしまったけど、つまるところ愛情があるからこそ、愛しているからこそ、相手の女性を苦しませたいという気持ちが芽生えてくるということ。その苦しさを与える方法のひとつが、BDSMのBDだっただけ。