アダルトグッズ使うには愛と信頼が必要

俺が彼女にアダルトグッズを使ったり、SMな行為して、相手の女性を支配して、凌辱しているということを自慢してるわけではない。アダルトグッズを使うにも、SMな行為をするにも、もっとも大切なことは愛情と信頼だ。これが無ければ何もできないと思う。愛があるからこそ、信頼があるからこそ、マイノリティな性行為ができるのだと考えている。

愛情が無かったら、アダルトグッズなんて買わないだろ? 好きじゃない相手のために、コストをかけるか? っていうことを考えてみると簡単だろう。相手のことが好きだから、気持ちよくなりたいから、アダルトグッズを買うわけだし。別にアダルトグッズに固執してるわけじゃないけど。

 

愛と信頼

冷静に考えてみたら簡単。

信頼できない男に縛られたりなんかしたら大変だ。何をされるのか判らない。お互いの信頼があるからこそ、相手の女性は縛られたり、拘束されて自由を奪われても良いと考えるはず。暗黙の了解みたいなものがあり、超えてはいけない境界線があり、そのラインを越えてこないということを相手の女性は本能的に理解しているからだ。

また、相手の女性を拘束したり、凌辱したり、ときには苦しみ、痛みを与えることもあるが、これは愛情表現のひとつであるということを理解してくれている。超えてはいけない境界線のことを、お互いが知っているからであり、お互いのことを愛しているからできる行為だ。

時々、局部に近い内側の太ももに噛み付いて、俺の歯型をつけてやることがある。歯型が青あざとして、太ももに残る。となると、他の男とはセックスができないであろうし、他の男には見せられない。それは、俺の女である証みたいなもの。太ももに歯型の痣を残すことに悪意は無いし、愛情表現であるということを相手の女性は理解しているからだ。

また、相手の女性が太ももにつけられた歯型の痣が痛い。でも、心地よい痛みだよと言っていたけど、その言葉を聞いて、余計に愛おしい気持ちが増幅した。

 

お互いが必要な存在

ただ、セックスやSM行為をするだけではなく、本当に必要としているし、大切に想っている。この気持ちがあるからこそ、目に見えない赤い糸みたいなもので繋がっている感じがする。それが、愛情とか、信頼という言葉に置き換えて表現することができる。

別に、美談を力説するつもりはないが、本当にそうなんだよ。

相手の女性を好き勝手に、自由にしている訳ではないということ。愛情があり、信頼があり、お互いのことを尊重しているから成り立っていると言える。

俺と相手の女性、お互いが必要としているし、信頼しているからこそ、変態チックな性行為ができるのだと思う。男の俺だって、信頼できない女の前で服脱いで、裸になることなんてできない。裸になるってことは、自分自身を曝け出すことだし、生まれたままの姿を他人に見せるということは、なかなか勇気の要ることだ。

ただ、好きだからという、軽い気持ちじゃなくて、好きという気持ちを超えた感情がある。好きだからセックスをするだろうし、セックスをすれば、さらにお互いの距離感が縮まってくる。そういった威力がセックスにはある。セックスは、愛情表現だし、SM行為も愛情表現のひとつだ。体を重ねて、セックスをすることで、さらに相手のことが愛おしくなってくる。

 

縛ったり、凌辱しても愛情はある

SMなんていうのは、相手の女性を縛りあげて、凌辱をしたりするのだが、それって言葉を代えてみると、拷問に近い。拷問という言葉がハードだから、凌辱に置き換えているだけだろうと思う。だけど、相手の女性を凌辱していても、憎しみがあるわけではない。愛情がある。きっと、歪んだ愛情表現かもしれないが。相手の女性が好きだからこそ、虐めたいという気持ちが芽生えてくるし、支配したい、凌辱したいという気持ちが増幅してくるものだ。そして、俺の女だから、俺が自由にできるんだという支配欲が満たされることが、過激なSM行為にはしらせているのかもしれない。

そういった気持ちというか、感覚というのは、自分だけが持っているのではなく、相手も同じような感覚を持っていなければ、成り立たないというのが難しいところだ。だから、特にはSMパートナーを探しているという人は、なかなか理想の相手に巡り合えないということも多々ある。

男も、女も、不思議なところがあって、好きな人が居ても心が満たされないという感じがするときがある。そういうときっていうのは、自分の欲求が満たされてないときだ。つまるところ、やってみたいセックスができないときだ。もっとエッチなことがしたいけど、彼氏に拒まれたとかね。好きなんだけど、性的な不一致による、欲求不満が蓄積されてしまう。

逆もあるよな。好きじゃないんだけど、セフレとか、遊び友達ではじまった付き合いが、いつしか本命の恋人とよりも深い関係になってたみたいなことは、よくある。それは、遊びだからというリラクスした気持ちで付き合い始めているので、素の自分を曝け出すことができているからだろう。だから、恋人に言えば嫌われそうなことも、簡単に言えたりする。遊び感覚で始まった付き合いの中でも、信頼は築けると思う。

長くなったが、愛がなければ何もできないぜってことさ。